何を、どこに

明暦3年(1657年) の「明暦の大火」によって江戸城とそのシンボルでもあった
天守閣は消失し、その後今日に至るまで350年間、ついに再建されることはありませんでした。皇居東御苑には、その焼失した寛永期江戸城・天守閣の台座が、いまも遺されています。

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私たちは、今後10年を目途として、いまはなき江戸城、なかんずく、「江戸城・天守閣」の再建を目指しています。しかし 「天守閣」を何処に再建するか、その場所については、いまこの段階で私たちが特定することは出来ません。その理由は、皇居東御苑が皇居に近い聖域にあることから軽々に私たちが推断することは許されないからであります。

しかし、再建する江戸城天守閣が、失われつつある日本の伝統と文化、つまり“日本らしさ”を象徴する存在であるだけに、

皇居東御苑に遺された台座の上に再建してこそ、日本再生の象徴
になる・・

と言うことが、もし大きな“国民的コンセンサス”としてつくられていけば、再建はいつの日にか実現するのではないでしょうか。天守閣再建の場所は、いずれ私たちの草の根運動が国民運動へ拡がっていく過程で、世論の動向と国民的コンセンサスが、その方向を決めると言って、過言ではないと思います。