黒田涼氏の「江戸を知る」座学 『世界一の巨城、江戸城を知る』

認定NPO法人・江戸城天守を再建する会イベント企画


黒田涼氏の「江戸を知る」座学?『世界一の巨城、江戸城を知る』


江戸歩き案内人・作家の黒田涼さんによる「江戸を知るシリーズ」(1)江戸城入門編企画
その(1) 『世界一の巨城、江戸城を知る』は2月7日(土)午後2時より秋葉原駅そば和泉橋区民館で開催されました。当日は薄曇り底冷えの中、30人ほどの皆さまが熱心に黒田さんのお話に耳を傾けました。

「江戸城がなかったら、現代日本の繁栄はなかった」と言い切る黒田さん!ss
それでは江戸城とはどんなお城だったのか・・・、
(1)どれだけすごいの?
(2)どれだけ作るのにかかったの?
(3)江戸城築城の意義は?
と、途中10分の休憩をはさみ解り易く解説して下さいました。

江戸城の広さは3重の堀で囲われ千代田区・中央区は江戸城の中に、内郭(いわゆる内堀に囲まれた地域)は230万平方メートル・・・ディズニーリゾート(ディズニーランド・ディズニーシー)の約2.3倍の広さを誇り、外郭は神田川・牛込掘・真田堀・溜池・汐留川と囲われ1600平方キロメートルに及びます。

戦国時代のお城の形態は総構えの内に街を造ります。江戸の街の約40%が大名屋敷、約30%が旗本・御家人の屋敷と約7割を占め、町人地は江戸の東側約15%、残りの15%ほどが寺社地です。

寛永度の天守は黒と緑のお城、天守台14m+天守45m=計59mの威容を誇り、他のお城の天守との比較で名古屋城36m・安土城32m・姫路城31m・大阪城(秀吉)30m・松本城25mと、圧巻です。また江戸城の櫓は地方の小さなお城の天守並みのものが三重櫓最大8つ、二重櫓が最大24もありました。城門は40前後あり一つを除き全て枡形門、攻城軍に対して十字砲火を浴びせる形状です。御殿(弘化度)は本丸御殿44,137平方メートル、西の丸御殿21,681平方メートル、因みにベルサイユ宮殿は63,000平方メートルです。

次に江戸城と江戸の街造りの歴史は、その名に由来する江戸氏(秩父平氏の一流)が11世紀半ばに江戸氏の館として今の本丸付近に築城したのが始まりです。その後、大田道灌公が1457年に同地にかなり堅固な江戸城を築城(本丸、二の丸ほどの範囲)しました。1486年から上杉時代、1524年から北条時代を経て徳川氏による江戸城建設(第1期1590年~:家康公江戸入府から開幕まで、第2期1603~1636年:「天下普請」と言われる開幕~明暦の大火まで、第3期1657年~:明暦の大火後の江戸改造)、これにより江戸・東京の骨格が完成しました。以上で江戸城とはどんなお城だったかが、お分かり頂けると思います。

江戸城築城の意義は「江戸なくして現代日本の繁栄なし」。東西日本の合体・・・江戸の街が東へと広がり武蔵国と下総国が両国橋で結合、利根川犬吠埼開削により東北との連結等、産業化以前のインフラの準備・・・水路・港の拡充、菱垣廻船・樽廻船等の水運、蔵屋敷・大名屋敷、参勤交代による人口集中による膨大な人口を支える流通等、日本の歴史は西から東・・・九州→近畿→関東へと人口中心は一貫して移ってきました。もし大阪が首都だったら・・・「今の現代日本の繁栄があっただろうか?」と黒田さんは語りかけます。

今回も、地政学的(地理的な環境が江戸~東京ひいては国家に与える政治的・軍事的・経済的)な観点からの分かり易い講演内容でした。講演終了後も活発な質疑応答があり、充実した時間をお過ごし頂けたと思います。


次回3月7日(土)はこの講演で学んだ知識をもとに実際に江戸城を歩きますので、今までとは違った視点で江戸城にふれてみて下さい。多くの皆様のご参加をお待ち申し上げております。

(当会正会員 権守伸之さん記)

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