H19.12.09 第4回江戸城再建セミナー報告「江戸城再建と伝統木構造」

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  • 期日: 2007年12月9日(日)セミナー14:00~、懇親会16:15~
  • 会場: 六本木 メイ・ウシヤマ学園ハリウッド美容専門学校
  • 演題: 江戸城再建と伝統木構造
  • 講師: 増田一眞 ㈱増田建築構造事務所所長、NPO法人「伝統木構造の会」会長
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今年5月より開始した過去3回のセミナーでは、①「江戸城再建の今日的意義」、②「修景から考えた江戸城再建計画『平成の木構造復元を目指して』」、③「観光立国と江戸城再建、文化創造が日本の未来を拓く」をテーマに勉強いたしました。今年最後の第4回セミナーには、会員・非会員合計71名、その後の懇親会にも42名の方が参加されました。

2004年に木造復元されました愛媛県の大洲城天守閣は、高さ19メートルの木構造で現在の建築基準法の基準外でありますが、日本の建築構造学の第1人者であられます増田先生の建築構造學的研究の成果と伝統木構造を後世に伝えようとされる先生のご熱意が大きな力となり、国によって特別に許可されました。

今回のセミナーで、増田先生は、台風や地震が多く、冬の豪雪、夏の高温多湿、という日本特有の自然条件と木材資源に恵まれる日本において、弥生時代からつい最近の1950年までの長きにわたり、如何に人々が、自然の猛威に強く、居住性と意匠性に優れた木構造建築を作り上げてきたかを、40枚ものA3配布資料に加え、膨大な数の現存、又は記録上の神社・仏閣・城郭・民家の構造図スライドで懇切丁寧に紹介されながら、伝統木構造による江戸城天守閣再建は建築構造的に可能であると、概要以下のように講演されました。

二宮尊徳は「建てること自体が自然に逆らうことなのだから、自然に従って建てないと自然力に壊される」と言っているが、この考え方は柔構造を基本とする伝統木構造の根本を言い当てている。伝統技術とは、先人の到達点の確認と、その上に各時代の工匠達の新たな創意・工夫を付け加えるという二つの行為が代々積み重ねられた結果に他ならない。

縄文時代には地面に着いていた屋根が弥生時代になって地面から離れ、壁が初めて造られた。木の柱、屋根、壁で構成される日本家屋の出現である。建物構造に加わる外力には、重力という鉛直力と台風や地震時の水平力とがある。この外力に対する応力には、建築材軸を引っ張る、又は圧縮する軸力抵抗と曲げ抵抗、そして壁のような面材がうける剪断力抵抗がある。

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細い竹ひごで編んだ竹籠が意外に軽くて強いのは、これが三次元の外力分散型立体構造だからである。伝統木構造は、建物に加わる自然の破壊力を建物構造の一部にではなく全体に分散させ、構造全体でしなやかに受けて抵抗する。

樹は育つ過程で幹や葉の著しい重量を支え、暴風による横なぐりの強い力に耐えて強さ(=軸力抵抗と曲げ抵抗)を得ている。このため、柱を縦材とし、横材として通貫(とおしぬき)、胴差(どうさし)、差鴨居(さしがもい)、足固めなどを柱に貫通させる。縦材で重力に抵抗し、水平力には横材によって縦材である柱の曲げ抵抗を何倍にも増加させながら柱の転倒を防ぐ。斜面の屋根部分は三角形構造(トラス)で支える。土壁や校倉(あぜくら)などの面材には剪断力が働いて平行四辺形に歪むのに抵抗する。

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構造材は抵抗力を発揮すると変形を伴う。変形の進行に伴って、変形しにくい(=剛性が高い)ものから順に外力を負担し、最後に剛性の低い材が残る。従って、地震対策としては、建物構造に剛性の高いものから低いものを多段配置し、抵抗要素数をできるだけ多くして地震力を順次に消耗させ行くことが自然の理にかない合理的なのである。地震が発生すると、①先ず剛性の高い壁が地震力を負担し、負担しきれなくなった時点で崩壊する。②壁が崩壊すると次に横材が柱の曲げ抵抗を発揮させながら柱の転倒を防ぐ。③柱が抵抗しきれなくなると最後に柱脚が礎石からとびのき、建物全体の崩壊を防ぐ。一方、粘りを持つ伝統木構造は、たとえ傾いても十分に修復可能である。解体してそっくり他所に移築することも可能である。この点がコンクリート造りや鉄骨造りと決定的に異なる重要な点である。

以上のような日本の伝統木構造の原型は法隆寺に見られる。そして、このシステムは、その後、神社、仏閣、民家の建築に発展的に受け継がれ、中世に完成したといってよい。現存する日本全国の木造のお城や焼失した江戸城天守閣等の城郭も伝統木構造によって建築されている。木造建築で世界最古の法隆寺、高さ47.5メートルもの世界最大の東大寺大仏殿、日本で最も高い教王護国寺の五重塔(57メートル)が、幾多の台風や地震に見舞われながらも今日なお力強く存在し続けている。この事実は、伝統木構造によれば、5層6階建の大規模木造建築である江戸城天守閣の再建が可能であることを如実に物語っていると言えよう。しかも、この再建天守閣は、数百年以上ももつ地球環境に優しい建造物なのである。(文責:金成秀幸理事)

 

<セミナー参加者のコメント>

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中島健一郎さん(会員):増田先生の話に僕は膝をたたいて納得していた。「伝統木構造は総持構造です」という。つまり柱も梁も壁も建具も全ての構造が、地震などの引っ張り圧力、圧縮圧力に耐えるよう支え合うのだそうだ。これに対して最近の木造建築は筋交いだけで持たせようとする。だから1箇所が壊れると、がたがたになってしまう。江戸城再建プロ
ジェクトに賛成するのは、鉄筋コンクリートでなく、木造で再建するという点に魅かれたからだった。増田先生の話は「木造でなければならない」理由を明確にしてくれた。江戸城の木造再建は、日本人が振り回されている安易さ、簡便さ、工業近代化に対する反省につながると感じている。そして日本人が日本の風土の中で、生み出してきた自然と折り合って生きる知恵の復権を実現していくのではないだろうか。

鈴木好さん(非会員):初めて江戸城再建セミナーに参加させていただきました。増田先生のお話しとスライドが竪穴住居から始まりましたので、何で、と思いましたが、お話しが進むにつれて合点がいきました。近世に至るまで民家の祖形でした。私の父は四代目宮大工として神社や橋、高校の体育館などを造ってきましたので、先生のお話しも資料もだんだん面白くなってきました。いまでは聞くこともまれな専門用語も懐かしく聞きました。又、良い建築をする為に、書道、日本画、お茶、お花、骨董に至るまで学んでいるのを見ています。仕事でミラノのアトリエには年の半分は行っていましたが、スフォルスコ城の城門や橋は堅牢な太い木で出来ていて、良く日本のお城の話しをしていたことを思い出しました。スライドから垣間見た滅びの美学は郷愁とロマンを誘う以外のなにものでもありません。ベルエポック・古き良き時代の芸術も文化も見直そう、そんな心が沸く勉強会でした。

渡辺聡さん(非会員):江戸城再建が話題となる機会が少しずつ増えてきました。頻繁に論点となるのは「費用対効果」や「観光資源としての価値」等ですが、個人的には歴史ロマンだけを追求したいとも思います。誰が何と言おうと日本の歴史の一部なのですから、存在することに意義があり、そのときに絶対条件となるのが、当然ながら伝統木構造であること。本日、増田一眞先生のお話をお聞きし、その思いが更に強くなりました。


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