会員インタビュー

神田川船の会会長
林 福松(はやし ふくまつ)

江戸城天守の建築美に関心

1954年に新潟県から上京、1964年、東京オリンピックの年に独立してオーダーメードのテーラーを、神田須田町に構える。店は50年、住まいは60年、神田界隈で暮らし続けてきた。江戸・東京を愛する気持ちは江戸っ子にも負けない。

仕事が軌道に乗り落ち着いてくると、店の近くや家のそばを流れる神田川の汚さに心が痛んだ。「なんでこんなに汚いんだ、どうにかならないものか」と考えるうち、「誰も川に関心を持たなくなったのがよくない」と思いつき、1979年、考えを同じくする人たちと「神田川船の会」を始めた。神田川をはじめ、日本橋川や隅田川を船に乗って案内することで、多くの人に川に関心を持ってもらおうとの狙いだった。

神田川船の会でガイドする林さん

一般から応募してくる人たちはもちろん、千代田区の小学校の生徒たちを学校ぐるみで船に乗せ、川の由来や川をきれいにする大事さを伝えてきた。その甲斐もあってか、東京の川はだんだんときれいになってきた。会の活動は1997年に東京都環境賞を授賞する。

今も春と秋を中心にマイクを握って、江戸の川や街の由来を名調子で語り続けている。

日本橋川は江戸城の外堀、神田川も江戸時代に造られた人工の川で、以前から江戸城とのゆかりは深かった。そして常々思っていたのが、「なんで江戸城の天守を再建しないのだろう」との思いだった。

そこへ神田川船の会での活躍を聞いた我が会からお話しを聞きたいと連絡が入り、すぐに入会を決めた。「まさに我が意を得たりという感じでした」。

「江戸城天守については、江戸の当時再建中止を進言した保科正之を持ち出して反対する人がいるが、彼は『今はその時にあらず』と言ったので、再建するなと言ったわけではない。そして今こそ建てるときだ」と語る。

「不景気がなくなっちゃいますよ。江戸城が建ったら。スカイツリーであんなに人が来るんだから。そして東京だけじゃなくて日本全体を活気づかせるものです」と江戸城天守再建への期待は大きい。

「景気が上向いたなんて行ってもまだまだ。オリンピックもいいけど一時的なイベント。それに合わせて天守ができたらそれはずっと残る。100年、200年経ったら世界遺産だ」と先を見る目も長い。

それは神田川の運動を長年続けて成果をあげた経験から来るものだろう。

「いったん始めたら意地ですよ。そして継続が大事」。30年を超える運動の重みがある。

服の仕立てを仕事とするだけに、いつもジャケットやマントを着こなし、実にダンディーだ。そして姿勢のいい笑顔は、一度会えば忘れられない。

取材・文 黒田 涼
(作家・江戸歩き案内人)